聖武天皇が治める奈良・天平の御世に実現した、唐の高僧・鑑真の来日の影で、それぞれの運命に翻弄された5人の日本人留学僧の約20年に渡る姿を、静謐なだけでなく、鮮明な視覚的イメージと説明しがたい感傷を読み手の胸に呼び起こす、独特な文体で描いた歴史小説です。
733年の第9次遣唐使船で、「普照(ふしょう)」、「栄叡(ようえい)」、「玄朗(げんろう)」、「戒融(かいゆう)」の20代の若き僧4人が留学生として入唐を果たします。中でも、奈良の都より派遣された普照と栄叡の二人は、十数後に実施される「だろう」第10次遣唐使船派遣までの間に、近代国家確立への道を模索しながらもいまだ迷走を続ける日本に、政治的・仏教的双方の理由から、戒律を授けてくれる高僧を先進国たる唐から招くという使命を背負っていました・・・。
彼らより30年近く前に入唐していた「業行(ぎょうこう)」を含め、命がけで海を渡った日本人留学僧5人でしたが、入唐後の運命ははっきりと分かれます。
入唐早々、大陸の広大さと不可思議な魅力の虜となり、「この国には何かがある」と、托鉢僧となって出奔し、消息を絶った「戒融」。
唐へ向かう船の中で既に「祖国へ帰りたい」と弱音を吐くほどに意志薄弱で、入唐後も誰よりも帰国を願っていたくせに、皮肉なことに、唐の女と結婚して子供までなして還俗し、帰国叶わず唐の地へ骨を埋めることになった「玄朗」。
祖国へ少しでも多くの知識をもたらそうと、広大な唐土各地に散らばる経典の写経に入唐後の50年近い人生を捧げながら、帰国の船が難破し、彼自身の命よりも大切にしていたすべての経典と共に、透き徹る海の底に沈んだ「業行」。
入唐9年目に唐でも屈指の高僧・鑑真に来日を打診して以来、ひたむきな情熱と行動力で鑑真来日のために立ち回りながら、異国の地で病没した「栄叡」。
そして、栄叡や業行ほどの行動力も情熱もなくだた彼らに引きずられていたようでありながら、誰よりも彼らを理解して手を貸し、在唐20年目の753年、広大な唐土を放浪した果てに高僧鑑真を伴ってただ一人、祖国の土を踏んだ「普照」。
戒律のために来日を決意した742年から来日した753年までの約12年の間に、5度の航海の失敗や愛弟子たちの死、老齢の身である自身の失明などを経験しながらも、一度も気持ち揺るがす異国へ続く海を渡った鑑真の重厚な姿と比べると、狂おしいほどにもがき続けて歴史の渦の中にひっそりと埋もれていった5人の日本人留学僧の姿はあまりにも小さくて儚く、それ故に却って心に染み渡ります。
抑制のきいた文体と鮮やかな情景描写が、人の運命の儚さを見事に表現しており、この作品を一層印象深いものにしていました。









各留学僧の名前がその後の人生を表していて不思議な感覚に捕らわれます。名前自体はフィクションではないので、なるべくしてなったというか、名は体を現すという事でしょうか。
そのとおりですね。10代の若い頃には理解できないことが多い作品かもしれません。
私も10代半ばの時に一度読みましたが、約10年近くたって再読したら、かなり違う印象を受けた箇所も多かったです。孤独とか人生とか死を体感する年齢になってこそ、奥深く感じる作品なのかもしれません。
それにしても!各留学僧の名前!そのとおりですね。ご指摘いただいて、初めて気が付きました。解説を読むと、多かれ少なかれ皆実在の人物をモデルにしているのが一層わかるので、本当に不思議です。