yukino-hotaru

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(hotaru)

色々な方の作品や、色々な方の感想が知りたいです。これまでほとんど読んだことのない、ノンフィクションなども読んでいきたいですね。

yukino-hotaruさんのQlip

  • yukino-hotaru hotaru

     聖武天皇が治める奈良・天平の御世に実現した、唐の高僧・鑑真の来日の影で、それぞれの運命に翻弄された5人の日本人留学僧の約20年に渡る姿を、静謐なだけでなく、鮮明な視覚的イメージと説明しがたい感傷を読み手の胸に呼び起こす、独特な文体で描いた歴史小説です。

     733年の第9次遣唐使船で、「普照(ふしょう)」、「栄叡(ようえい)」、「玄朗(げんろう)」、「戒融(かいゆう)」の20代の若き僧4人が留学生として入唐を果たします。中でも、奈良の都より派遣された普照と栄叡の二人は、十数後に実施される「だろう」第10次遣唐使船派遣までの間に、近代国家確立への道を模索しながらもいまだ迷走を続ける日本に、政治的・仏教的双方の理由から、戒律を授けてくれる高僧を先進国たる唐から招くという使命を背負っていました・・・。

     彼らより30年近く前に入唐していた「業行(ぎょうこう)」を含め、命がけで海を渡った日本人留学僧5人でしたが、入唐後の運命ははっきりと分かれます。
     入唐早々、大陸の広大さと不可思議な魅力の虜となり、「この国には何かがある」と、托鉢僧となって出奔し、消息を絶った「戒融」。
     唐へ向かう船の中で既に「祖国へ帰りたい」と弱音を吐くほどに意志薄弱で、入唐後も誰よりも帰国を願っていたくせに、皮肉なことに、唐の女と結婚して子供までなして還俗し、帰国叶わず唐の地へ骨を埋めることになった「玄朗」。
     祖国へ少しでも多くの知識をもたらそうと、広大な唐土各地に散らばる経典の写経に入唐後の50年近い人生を捧げながら、帰国の船が難破し、彼自身の命よりも大切にしていたすべての経典と共に、透き徹る海の底に沈んだ「業行」。
     入唐9年目に唐でも屈指の高僧・鑑真に来日を打診して以来、ひたむきな情熱と行動力で鑑真来日のために立ち回りながら、異国の地で病没した「栄叡」。
     そして、栄叡や業行ほどの行動力も情熱もなくだた彼らに引きずられていたようでありながら、誰よりも彼らを理解して手を貸し、在唐20年目の753年、広大な唐土を放浪した果てに高僧鑑真を伴ってただ一人、祖国の土を踏んだ「普照」。

     戒律のために来日を決意した742年から来日した753年までの約12年の間に、5度の航海の失敗や愛弟子たちの死、老齢の身である自身の失明などを経験しながらも、一度も気持ち揺るがす異国へ続く海を渡った鑑真の重厚な姿と比べると、狂おしいほどにもがき続けて歴史の渦の中にひっそりと埋もれていった5人の日本人留学僧の姿はあまりにも小さくて儚く、それ故に却って心に染み渡ります。

     抑制のきいた文体と鮮やかな情景描写が、人の運命の儚さを見事に表現しており、この作品を一層印象深いものにしていました。

    • Yamanekotei
      8日前
      Yamanekotei 
      中学の頃社会科と国語科の共通副読本として読まされ映画も観ましたが、いかんせん読み手の頭の中が若すぎた感じもなくもないです。再度読んでみたらどんな感想になるのかも興味あります。

      各留学僧の名前がその後の人生を表していて不思議な感覚に捕らわれます。名前自体はフィクションではないので、なるべくしてなったというか、名は体を現すという事でしょうか。
    • yukino-hotaru
      8日前
      yukino-hotaru hotaru
      >Yamanekoteiさん
      そのとおりですね。10代の若い頃には理解できないことが多い作品かもしれません。
      私も10代半ばの時に一度読みましたが、約10年近くたって再読したら、かなり違う印象を受けた箇所も多かったです。孤独とか人生とか死を体感する年齢になってこそ、奥深く感じる作品なのかもしれません。

      それにしても!各留学僧の名前!そのとおりですね。ご指摘いただいて、初めて気が付きました。解説を読むと、多かれ少なかれ皆実在の人物をモデルにしているのが一層わかるので、本当に不思議です。
  • yukino-hotaru hotaru

     或る男の13年に渡った不倫の終焉とそこに隠されていた幾つかの真実を、男の妻、愛人、愛人の娘という3人の女性の手紙と、完全なる第三者である一人の詩人の考察から浮き彫りにすることで、どんなにあがいてもどうしても逃れられない「孤独」の本質を描こうとした作品です。

     ある日、一人の詩人のもとに、「三杉」という見知らぬ男から3通の手紙の入った封書が届きます。三杉は、伊豆の山道で一瞬すれ違っただけの自分をモデルにして詩を書いた詩人に、自分の人生の一端を知ってもらいたいという衝動から、彼の人生を大きく動かした3人の女性からの手紙を詩人に送ったのでした。

     一番親しい従妹を欺き、その夫と13年にも渡って不倫を続けた挙句に自殺した母の罪を偶然に知ってしまったことへの悲しみと、その母の罪が、いつか、優しい(母の)従妹にばれるのではないかという罪悪感に苦しむ、愛人の娘「薔子(しょうこ)」からの手紙。

     夫と従姉「彩子」との関係を知っていながら、「謙譲」故に13年間見て見ぬふりを続け、逃げるように享楽的な世界に溺れ、最後の最後に従姉の罪を暴いて審判を下し、彼女を自殺に追込んだと信じている、男の妻「みどり」からの手紙。

     夫の不倫を許せずに離婚したのに自分の不倫は許してしまったその身勝手さを意識し、この関係が従妹の「みどり」にばれたら詫びて死ぬしかないと思っていた筈なのに、いざばれてみると、安堵だけが残り、結局、偶然に時期が重なった「別の理由」で自殺を選んだ「彩子」からの手紙。

     手紙という形式をとった三者三様の独白が絡み合うことで徐々に浮かび上がってくる不倫と彩子の自殺の真相は、三人とも、いえ、三杉も含めて四人とも、心からお互いを愛し・尊重しあっている間柄であるだけに、悲しみや憎しみ、恐怖や空虚さのみならず、いたわり、鬼気迫る感情、やるせない想いなど、非情に多くの感情に溢れています。
     
     とはいえ、この物語は、多くの不倫小説にありがちな、不倫の非道徳性や惨めな結末、まして、ドロドロした部分を描こうとした作品ではなく、あくまでも主題は「誰を愛そうが、誰に愛されようが、結局は逃れられない、誰しもが内に抱える本質的な孤独」とでもいうようなもので、不倫は装置の一つに過ぎないのではないかと感じました。

     3本の手紙を並べたシンプルな構成ながら、絡み合う登場人物たちの感情の豊かさ、詩人という第三者の考察、3本目の手紙を読むまでわからない「心の真実」を探るどこかミステリー的な要素、井上靖独特の静謐かつ優美な文体などが絡み合って層を成した、奥深い作品でした。

  • yukino-hotaru hotaru

     幼い娘を自分が担当する中学校1年生の男子生徒二人に殺された女教師による、容赦ない残忍な復讐劇を描いた物語です。

     娘を殺された女教師が、HRで自分自身や家族の人生を語ったうえで犯人生徒たちを糾弾し、報復として「ある恐怖」を少年たちに植えつけて学校を去る第一章に始まる物語は衝撃的で、第一章を読みきらないと、事件の外枠と彼女の意図が掴めないようになっている女教師の「告白」の構成はよく組み立てられており、掴みは本当に見事です。この第一章の構成の見事さに惹きこまれた読者の方は多いと思います。私もそうでした。

     六章構成のこの物語は、第三章は犯人の一人である少年の母親、第四章は犯人の少年の一人、というように、章ごとに語り手を変えることで、女教師が語ったのとは異なる事件の側面や、犯人生徒たちのそれまでの人生と内面、糾弾後の犯人たちやクラスの様子などを見せ、そして、事件の真の真相がわかったあとの最後の第六章で、第一章では明かされなかった女教師が真に意図していた復讐が達成される・・・という構成を取ることで、読者を引き込ませようとする作者の意図が感じ取られ、まさに構成に特化させようとした作品です。過去に現実に起こった少年犯罪や少年法の実情、13歳の子供たちの思春期特有の鬱屈や視野の狭さや残酷さ、母親という生き物の身勝手さ、母親が子供へ与える影響、人間のエゴイズムなども作者はテーマとして盛り込みたかったんだろうな、という意図は、読んでいると存分に感じられます。

     ただし、登場人物たちの感情やその移ろいの描写には少々無理があり、そのためなのか、あれこれ盛り込みたかっただろうテーマが十分には活かしきれてないような印象も少ししました。

     感情のつながりに無理があるだけではありません。子供だけなく、大人までも「自分が正しくって他が間違ってるんだ。自分って、かわいそう」という姿勢を崩さない登場人物たちが一方的に語る物語が六つ並んでも、相乗効果は生まれづらく、また、そういう人物たちの心理描写には感情移入はしづらいとでもいいましょうか・・・、私個人の感想としては、登場人物たちの視野の狭さと身勝手さが際立ち、後味の悪さが一番印象的なものとして、読後には残ってしまいました。(ラストが残酷な小説は嫌いではなく、むしろ、好きなタイプなのですが・・・)

     事件の当事者たちだけでなく、事件を冷静に観察できる第三者の視点を組み込んだほうが、もっと完成度の高い物語になったんじゃないかなぁ・・・と思ってしまった小説です。でも、構成としては見事な作品ですので、近年多い、心理描写よりも構成の妙に特化した小説、と捉えるといいかと思います。

    • i_yoshi
      約1ヶ月前
      i_yoshi 
      後味の悪さは私も感じましたが、この作品はその後味の悪さが、ヒットの要因のような気もします。
    • yukino-hotaru
      約1ヶ月前
      yukino-hotaru hotaru
      >i yoshiさん
      >その後味の悪さが、ヒットの要因のような気もします
       なるほど・・・確かに、罪を犯した人の罰を受ける必要性等を考えると、この作品は、或る意味ではとても正直な作品で、そこが多くの人々を惹きつけたのかもしれないですね・・・。
    • Yoichi
      30日前
      Yoichi 白形 洋一
      これ、映画をテレビで見ました。なんというか、教室で淡々と話す松たか子が強く印象に残ってます。
    • yukino-hotaru
      26日前
      yukino-hotaru hotaru
      >Yoichiさん
      私はまだ、映画はみてないんです。映画のCMの松たか子や映像には、どこかポップそうな印象すらあったんですが・・・実際にはどうだったか気になります。(原作小説はひたすら暗い感じだったので・・・)
    • Yoichi
      23日前
      Yoichi 白形 洋一
      ポップな感じは全くなくて、でも暗いというわけでもなく、ひたすら淡々と話が進んで行くので怖い、という印象ですねー。

      後味の悪さは映画にもあります。
  • yukino-hotaru hotaru


     「自分のスタイルと考え方を持ち、たとえ世間から多少『へん』に思われても愉快に快適に暮らす」間宮兄弟の、ありふれた日々を淡々と、しかし、魅力的に描いた物語です。
     
     酒造メーカーに勤める35歳の兄・明信と、小学校の校務員を勤める32歳の弟・徹信。
     共に独身で、2LDKのマンションで二人暮しをする彼らは、その冴えない風貌や人見知りがちな性格のせいで女性にはもてませんが、勤勉に仕事をこなし、たくさんの趣味を持ち、性質の異なるお互いや離れて暮す老母を尊重し労わり合いながら、平凡でも充実した日々を過ごしています。

     相手に何かを要求してしまう結婚生活や恋愛に疲れて不満や虚無感に悩む、兄弟の同僚や知人女性たちの生活や心のあり方との鮮やかな対比を目の当たりにすると、意中の女性へのアプローチこそ玉砕しますが、支えあって実直に生きる兄弟の生活にも確かに魅力があることに気付かされます。

     他の登場人物とは違うこの兄弟の魅力は、自分自身の性質を正確に理解した上で、他人を貶めたり自分と他人を比較して惨めな気持ちになるということはせずに、誠実な姿勢と適切な努力で身の丈にあった生活を送ることに努めていることではないかと思いました。(彼らが悩んだり悲しんだりすることがない、という意味ではありません。彼らも悶々と悩んだり感傷的になったり行き詰ったりはします。)

     この小説には、劇的な展開はありません。しかし、誰かに依存したり振り回されるのではなく、自分のスタイルと考え方を持つことで平凡な日常を豊かに生きていく兄弟の姿には、読み手自身の心のあり方や生活習慣を振り返らせる不思議な力があります。物語の中で彼らと接した女性たちが思わずそうしたように。
     
     2時間もあれば十分読めてしまう作品ですので、一度自分自身を軽い気持ちで見直してみたいときなどによい小説ではないでしょうか。

    • ken_ucsb
      約1ヶ月前
      ken_ucsb Kenko Nagai
      見直したいです。もう、全面的に。
    • yukino-hotaru
      約1ヶ月前
      yukino-hotaru hotaru
      私も見直し中です。とりあえず趣味をもっと充実させようと。仕事ではないのが難です。
  • yukino-hotaru hotaru

     愛すべきヘタレ野郎を書いたらピカイチの小説家・森見登美彦さんが、彼自身をモデルにした三十路手前男を主人公にして、事実と虚構と妄想をぐちゃりと混ぜ合わせて書いた、随筆風小説です。
     
     将来に迷える若手作家(主成分:ヘタレ)の、多角的経営構想。一瞬だけ壮大にすら思える計画はその実、なんとなくやみくもに愛する竹林を使って兼業をしようと思い立った、根性ナシ&自己管理能力皆無のダメ野郎が、手始めに知人宅所有の竹林を刈らせてもらうのに友人や編集者など身近な人々を巻き添えにすることでした・・・。
     
     物語の最初から最後まで、ヘタレ野郎が様々な煩悩丸出しで、ただただ愛すべき竹林を刈るためにジタバタする話であり、森見さん自身が敢えてほのめかすように、とりたてる大きい内容があるわけではないのですが、絶妙に混在する虚&実、強烈な妄想、そして、森見さん特有の軽妙な語り口があいまって、いい味がでています。
     主人公の主成分がヘタレなら、本文の構成物質は、①現実逃避、②彼がやみくもに愛する「竹林」、③妄想、④個性的な協力者たち、⑤詭弁、そして、⑥あまりに少々すぎる「美女」(タイトルに入ってるのに)、でしょうか。

     クスッと笑えて、かつ、(良い意味で)とってもアホくさく読みやすい作品なので、軽い気持ちで笑いたいときなどにオススメしたい作品です。

    • kazuki
      約1ヶ月前
      kazuki Ka+z
      森見さんは実際に自分の竹林を持っていて、たまに刈りに行っているとかいないとか…
    • yukino-hotaru
      約1ヶ月前
      yukino-hotaru hotaru
      おお!ここにも虚実不明のエピソードが(^ ^)!!?
  • yukino-hotaru hotaru

     「其れはまだ人々が、『愚(おろか)』と云ふ貴い徳を持つて居て、世の中が今のやうに激しく軋み合はない時分であつた。」

     そんな一文で始まる、自分の思い描く理想美の虜になった若い刺青師(ほりものし)と、彼に見出されたことで密かに隠し持っていた魔性を一夜にして開花させる少女の物語です。

     刺青師を営む清吉の長年の宿願は、「光輝ある美女の肌を得て、それへ己の魂を刺しこむ事」。長い間、彼の理想に見合う女性は見つかりませんでしたが、ある晩春、一人の少女が目の前に現れたことで、とうとう夢が叶い・・・。

     選び抜かれた言葉で表現される、無心に眠る少女の白く美しい背中に全身全霊で針を刺し続ける清吉の鬼気迫る様子と、二人を包み込む晩春の景状の精緻な描写。
     そして、男のサディズムと女のマゾヒズムが、男の手が少女の背中に刺り込んだ女郎蜘蛛の刺青一つで、女のサディズムと男のマゾヒズムへと変貌する様は、実に見事です。

     卓越した言語感覚に裏打ちされた官能美と情景美の絶妙な均衡がもたらす、倒錯的な世界です。

  • yukino-hotaru hotaru

     天才数学者が、緻密な計算と、想像を絶する凄まじい手段によって、突発的に殺人を犯してしまった隣人の母娘をなんとか守ろうとする話です。涙と、どうしようもないやるせなさに心を激しく揺さぶられながら読み終えました。

     ある日、花岡靖子と中学生の娘・美里は、二人が暮らすアパートに恐喝をしに来た前夫を突発的に絞殺してしまいます。部屋に残る死体を前に途方にくれる二人に救いの手を差し伸べたのは、アパートの隣人にして靖子が働く弁当屋の常連客でもある、数学教師の石神という冴えない中年男でした。

     「隙がある」ために却って絶対に暴けないように作られた母娘のアリバイ、不可解な証拠を多く残しておいた「河川敷の事件現場」、事件数日後に靖子のもとを訪れた旧知の男性という予期しなかった存在までも活用していく巧妙さ・・・。靖子に密かに想いを寄せる石神は、数学によって培われた天才的な頭脳と論理的思考力を駆使して、見事に事件を撹乱していきます。
     
     しかし、完璧と思われた石神の計画は、事件直後に20数年ぶりに再会した唯一無二の友である天才物理学者・湯川学の、石神のそれに勝るとも劣らない、物理によって培われた天才的な洞察力と論理的思考力によって綻びを見せ始めます。湯川に真実への手がかりを与えたのは、石神の靖子に対する献身の土台であった恋慕が形を変えて表出した、本当に何気ない一言でした。
     
     追い詰められた石神は、自分が殺人事件の犯人だとして警察に出頭しますが、その実、それすらも石神が想定していた筋書きの一つでした。実は彼は、万が一最悪の状況に陥ったとしても靖子たちを守りきれるように、彼女たちの知らないところで、死体遺棄や隠蔽工作などでは足元にも及ばない、想像を絶する罪を事前に犯しておいたのです。
     ところが・・・。
     
     物語の最後、残酷な結末の中で、友の想いを知って苦悩する湯川と、激しく慟哭する石神の姿に、「これでよかったんだろうか・・・」とやるせない思いが溢れて、泣いてしまいました。

    (紹介してくださったBanbiさん、ありがとうございました。とっても印象的なお話でした)

    • tsuchi-hiro
      2ヶ月前
      tsuchi-hiro hiro
      私はドラマで見ましたけど、とても切なくて感動的な話でした。
    • yukino-hotaru
      約1ヶ月前
      yukino-hotaru hotaru
      ドラマでは石神を堤真一さんが演じたようですね。原作を読むと、堤さんではちょっとカッコよすぎるんじゃ・・・?と思ってしまったのですが、ドラマはまだ見てないので、今度、比べてみます。
    • Yoichi
      約1ヶ月前
      Yoichi 白形 洋一
      > 天才数学者が、緻密な計算と、想像を絶する凄まじい手段によって、突発的に殺人を犯してしまった隣人の母娘をなんとか守ろうとする話です。

      すごい設定ですね。
      この一文だけで読んでみたいと思いました。
    • yukino-hotaru
      約1ヶ月前
      yukino-hotaru hotaru
      >Yoichiさん
      よかったら、是非読んでください。私は本当に、薦めてくださったBanbiさんに感謝です。
      すごく良くできたお話でした。
      単に切ないだけでなかったのも、すごかったです。
      犯人は最初っからわかってるのに、石神の組んだトリックが、最後の最後になるまで読者にも全体像がわからないようになってて、構成の点でも本当に見事でした。一度読み出したら続きが気になって気になってしょうがないというか・・・。
    • route178k
      約1ヶ月前
      route178k Banbi
      読んでいただけたようで光栄です!
      東野作品の中でも特に感動した作品だったのでより多くの人に知っていただけたら幸いです。
      最後まで読むとタイトルの「献身」の意味がよくわかると思います。
    • i_yoshi
      約1ヶ月前
      i_yoshi 
      私が東野作品を好きになった作品です。
      大切な人を守るために天才数学者が自らの頭脳を駆使して導き出した解が、計算できなかった人間の感情により崩壊するのは、ある意味愚かであり、ある意味感動的である。
    • yukino-hotaru
      約1ヶ月前
      yukino-hotaru hotaru
      >i yoshiさん
      そのとおりですよね・・・。靖子が最後に引いた引き金って、愚かだけど、人としては間違ってないし、ある意味では石神の気持ちを受け止めた証拠ですし、色々考えてしまいますよね・・・。
    • yukino-hotaru
      約1ヶ月前
      yukino-hotaru hotaru
      >Banbiさん
      そのとおりですね。最後の石神の回想シーンで「献身」の深い意味を知って、泣きそうになりました。恩返しにしてもそんな・・・とも思いましたけど、印象がものすごい強かったです。
  • yukino-hotaru hotaru

     下巻では、越前に来たのに、一層のむなしさと鬱屈に支配される小市の心情と、それらから逃れるために老齢の父を置き去りにしてまで帰京して達成した例の軽薄男との結婚とそのあっけない終わり、いつまでも逃れられない鬱屈と子供のころから磨いてきた感受性のはけ口として書き出した物語が世間で注目を集め、時の権力者・藤原道長の娘の女房となって宮中での体験をさらに物語へ反映させていく様が描かれます。

     結局、生来の不満と鬱屈を積み重ねるだけだった小市の平凡な結婚生活は、夫の病没という形で、わずか3年程度で幕を閉じます。
     夫の喪中で気を滅入らせていた彼女は、ある日、世間で評判となっている「枕草子」という随筆の存在を知ります。作者の清少納言という女性が、小市が子供のころに会って「古今集」の暗記対決をした人であったことが、彼女の心を刺激します。そして、同じ頃、和泉式部という名で宮仕えをしている小市の友人の情熱的な恋の歌も、世間で高い評判を呼ぶようになっていました。
     
     「彼女たちに文学が書けるのだったら私だって書けるはず・・・」という対抗心と、長年胸のうちに秘めてきた「文学で名を残す」という野望から、小市は物語を書き始めます。
     一部の藤原氏だけが優遇されている現実社会への強い反発心から、紆余曲折ありながらも栄耀栄華を極める物語の主人公の男性は、皇族出身である源氏姓の男性とする。恵まれなかった自身の結婚生活への悔しさから、主人公の源氏は、関った女性はどんな女性であれ、愛情がどれほど薄かろうと、全員一生面倒を見るような几帳面で誠実な男性とする・・・。
     同時代に多くの人々が抱えていた反発心や理想を代弁するような彼女の物語は高い評判を呼ぶようになります。そして彼女は時の権力者・藤原道長の娘であり一条天皇の中宮として今を時めく女性の女房として、紫式部という名で出仕します。物語の舞台としていた宮中に実際に身を置くことで、彼女は多くのことを知り、持ち前の感受性をより磨いて、それを物語へ反映させていきますが・・・。

     超大作・源氏物語を書ききった紫式部の生涯を描いた時代小説とされていますが、上・下巻を通して源氏物語に触れている箇所があまりに少ないこと、大胆すぎる創作エピソードの多さ、現代的であることにこだわったためか、大河的・伝記的な小説というよりは、一女性の屈折した心情を描いたホームドラマの原作小説、という印象を受けた作品です。 とても読みやすいですし、女性として共感できる部分もあるのですが、オリジナルの「源氏物語」が持つ壮大さや奥深さや繊細さは無いので、一面的で物足りない面もありました・・・。

  • yukino-hotaru hotaru

     紫式部がなぜ源氏物語を書いたのか、そこにいたるまでの過程と心情を、同性ならではの視点で考察し、強い創作と現代的な生々しさを加えて描かれた杉本苑子さんの小説です。

     上巻では、感受性の強い少女時代から結婚直前までの紫式部の鬱屈した心境と、数ある中級貴族の娘の一人としての平凡すぎる現実が描かれています。

     時は平安時代。天皇の外戚として貴族社会の頂点に君臨する藤原家と元々は同じ一門でありながら、数ある傍系の一つに成り下がり、どれほど出世してもせいぜい地方長官止まりの中級官吏として、遠くで繰り広げられる権力闘争の余波に役職も物質的生活も翻弄され続けるしかない学者の兄弟と、ある理由から婚期を逃した妹、その妻たちやたくさんの子供たちが一つ屋根の下で肩身を寄せ合って生活する中で、家族一人一人の人生は大なり小なり移ろっていきます。

     子供たちの一人である、内向的で生真面目な少女・小市(こいち/ 後の紫式部)は、何より大好きな書物の世界、噂で知る一見華やかに見えて醜い権力闘争の前線である宮廷の話、遠くで繰り広げられる権力闘争のオマケとして上下する父や伯父の官位の結果としての生活水準の変化、ドラマチックだったのに悲劇的な結末を迎えた叔母や姉のそれぞれの恋の観察、後に清少納言や和泉式部と呼ばれて女流文学者として名を残す知的な女性たちとの接触、平凡すぎる自分自身の生活の唯一の彩りである、父親と年齢の変わらない浮気性な男からの遊びとしか思えない求婚などを通じて、物語の姫君のようにはまったく巧くいかない地味すぎる自分を取り巻く現実の世界に様々な意味で複雑かつ屈折した反発心を抱き、それを心のうちに蓄積させることで、生まれ持った利発さと感受性を研ぎ澄ませていきます。やがて、彼女は、「せめて、学者の家系に生まれた女として、いつか文学に関る分野で名前を残したい」という強い願望を抱くようになります。

     しかし、時の流れの中で家族の人々の人生が大きく移り変わり、それだけでなく何人も死別していくのに、自分自身の境遇は何一つ変わらず、胸に芽生え始めた野望をうまく形にすることもできないまま、膨れ続ける鬱屈した気持ちだけを抱えて、独身のままで彼女は二十歳をとうに超えてしまいます。
     退屈な日常に嫌気がさした彼女は、父がようやく出世して越前の国司になったとき、老齢の父の世話をするという建前と、同時に、長年ふざけた求婚をしてくる軽薄男から逃げるためもあり、父に従って、越前の国へ下る決意をします・・・。

  • yukino-hotaru hotaru

     シニカルかつキュートなネコが、飼い主やその周囲に集う友人・知人たちを観察し、その様子を、しれっと悪びれない姿勢とナイスな毒舌で語る、11編からなる連作短編集です。

     英語教師のくせに、貧乏・偏屈・半ひきこもりと残念な三拍子が見事に揃った、語り手ネコの飼い主である苦沙弥(くしゃみ)先生の小汚い家は、所詮は類友と言うしかない、個性的かつ、それぞれにどこか残念でおかしな要素を持つ友人数名の溜まり場になっています。
     訪問者は友人だけではありません。偏屈で名の通った先生の家には、あるくだらない事件を機に先生を目の敵にし、夫とともにしょうもない嫌がらせをするようになる器の小さい嫌味な成金オバサンやその手下ども、先生宅に連日ボールを投げ込みまくって先生を激怒させるクソガキたちなど、招かれざる客も多くやってきます。

     目の前で繰り広げられる、先生と彼らの滑稽で時々アホくさい遣り取りに、(心の中で)ツッコミを入れ、鋭い批評を加えていく、皮肉屋ネコの的確かつコミカルで斬新な表現は、ニヤリとしてしまう笑いから、ププッ!と思わず吹き出してしまう笑い、アハハッ!と大爆笑してしまう笑いまで、多種多様なたくさんの笑いを引き起こします。
     薄暗い虚無感や厭世観が影を落としている部分もありますが、それでも11編全体を通して見ると、笑いが勝っており、まるで、上質な落語を文字に起こしたような作品です。

     そして、この小説の魅力は、鋭い人間観察だけではありません。
     こっそりつまみ食いした雑煮のもちを喉に詰らせてアワアワしたり、飼い主家族にバカにされた悔しさから生まれて初めてネズミを取ろうと駆けずり回ったのに結局うまく取れずにグッタリしたりと、所々に散りばめられた語り手ネコの猫らしい愛すべき振る舞いもこの小説の目玉の一つとなっています。

     かくしゃくとした文体と、現代ではすっかり廃れてしまった100年前の常識に基づく表現が多く見られるため、読みづらい箇所も多々ありますが、それを差し引いても、ユニークで面白く、笑える小説でした。